地震の確率予測コンテストがあるそうな。こんなのは学問になるのだろうか。

朝日新聞2011年1月18日の科学欄に地震予測を、物理学ではなしに、過去のデータの純粋な統計的な処理のみで予測するコンテストがある、と紹介されていた。どこかおかしくないか。

1.データ処理は物理学ではない。単なる数学的な手続きであって、多種ある手続きのうち、どの方法が良いかを判断することは、この世界の中では出来ない。物理学が判断基準を提供する。物理学なしには、いくら統計処理をしても、価値判断の基準が出てこない。

2.例えば、Kalman filter を考えてみよう。たしかにKalman filter は強力なfiltering algorithm を提供するが、その前提にはシステムのダイナミックスが分かっていなくてはいけない。システムのダイナミックスとは、すなわち、運動方程式だ。運動方程式を立てるのは物理学(物理的思考)。方程式が分からないから、地震予知が出来ないのだ。株価の変動も、方程式が立てられない。外力が分からないのだ。方程式が立てられれば問題は半分以上解けたも同然、とは有名な物理学の演習書に書いてある。

3.方程式を書くことができないから統計処理という安易な道に走る。これではいけない。敵の本陣を攻めず、敵の食べた残飯をあさっていても、敵が食べた食料の内容が分かっても、敵の人間を知ることにはならない。それも後知恵。そう、地震をやっている人には後知恵のご宣託を述べる人が多い。プレートがどうのこうの。プテート・テクトニクスがどうのこうの。岩石の一つでもその破壊実験をしてみろ。そしてそのデータのばらつきを真面目に考えよ。金属でさえ、破壊力学のデータのばらつきに悩んでいるのに、岩石の破壊するポイントを、精度良く、予測できると思っているのか。

4.数学は物理学と結びついて威力を発揮する。数学単独では無色。数学の前提・条件・結果解釈にしっかりした物理学を持ち込まない限り、結果はこの世のものではなくなる。

5.経済活動の統計学も、経済の動きに対する方程式を立てている。システムのダイナミックスは、対象の動きを示す要素間の運動をしっかりつかむことにより始まる。

さて、地震予測統計処理グループはどうなるか。物理学のない物理現象探求グループは、中世の錬金術とおなじに滅びていくのみ。さよ~~なら~~。

ディラック先生曰く「数学は要するに道具であり、われわれは数学的形式によらずして脳裡に物理的概念を抱くことを習わなくてはいけない」(「量子力学」まえがき)

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http://www.ism.ac.jp/~ogata/Ssg/news/AsahiShinbun110118.pdf
https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/KbWAUo1uWm

なお、主催者は「地震予測解析グループ」なるもので、
http://www.ism.ac.jp/~ogata/Ssg/ssg.html

一生懸命に時間と体力を使っている。しかし、脳力を使っているようには見えない。
このグループは学問の本質を理解していない。
学問として成り立たせなくては、人類の共通な財産とはならない。

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