グレアム・ファーメロ「量子の海、ディラックの深淵」を読む。吉田三知世のすばらしい訳文に感心した

グレアム・ファーメロ「量子の海、ディラックの深淵-天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯」 吉田三知世訳、早川書房、2010年を読む。2段組、560ページの大冊だが、訳文のすばらしさで、最後まで一気に読了した。吉田三知世の翻訳は、たんなる翻訳を超えて、すばらしい日本語の散文となっている。この訳業に匹敵するものは、簡単には思い出さない。

しかし、本書は誰が読むのだろうか。

1.量子力学を知らないものが本書を読んでも、面白くないだろう。量子力学固有の用語の意味がわからないと、ディラックの業績の意味が理解できない。量子力学の教科書の一冊でも読んでいない者は脱落する。

2.しかし、ディラックがどのような発想で彼の発見をしたのか知りたいものにとっても、本書は役に立たない。とおりいっぺんの外面的な経歴が書かれているだけで、ディラックの発想の内部への切り込みは本書にはない。

3.ディラックの時代を知りたい者にとって本書は有用か。否。彼の狭い交際からは、当時の物理学会の動向をあぶりださせることはできない。一般的歴史記述(通史)にとって、ディラックは役に立たないのだ。(個別・局所の史実は追えるが。)

4.本書を読んでも量子力学の勉強にはならない。著者は物理学者らしいが、本書は物理学(おもに量子力学)の教科書からは程遠い。一般相対論の勉強にもならない。ほんとうに勉強したいのなら、原著論文を読むにしかず。

蛇足ながら、個人的な感想(経験)を記す。
ディラックの教科書「量子力学」は本当に難しい。何度読んでもすっきりこない。それに反し、「一般相対論」はすっきり読める。数学的に筋が通っているからと思う。一般相対論の本はいくつかあるが、ディラックの本が入門として最良とおもう。良くわかる。式も追える。ディラックの一般啓蒙書は、どれも短いもので、後世に残るものではない。アインシュタインや朝永振一郎の啓蒙書(ともに岩波新書)に及ばない。

そこで結論。
吉田三知世の翻訳はすばらしい。日本語の散文のお手本として残るだろう。しかし、ファーメロの本書は読者を探すのが難しい。さて、どうなるか。

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