イランの無人爆撃機は天に唾するもの。自国に爆弾を落すに等しい。

科学技術というものは、いつも計画通りに行くものではない。これはすこし技術の現場を知っているものはよく知っている。だから、リダンダンシーの思想が考えられたのだ。

無人爆撃機にリダンダンシーがあるか。爆弾を不時投下して、飛行機を無人地域で落すことしかないだろう。そのとき、どこで爆弾を落すか。多分実際問題では自由度は無いだろう。発射基地で落すか、まだ自国にいる間に落すか。さもなければ、前線の自軍の真上で落すことになるのだろう。

イラン人はロボットの設計思想の歴史を調べたことがあるのだろうか。チャペックがいかに考えたか。西欧で「ロボットjがいかに定義されていて、法律的にどのような網に囲まれているか。無人の暴走にはそれだけ次善策を用意しておかなくてはいけないのだ。

地下鉄の無人運転もリスクがおおきい。しかし、地下鉄は所詮、線路の上しかはしらない。

自動車の無人運転はいつになったら実現するか。無人飛行機はいつになったら実用化するか。たぶん、乗客がいる限り、無人運転の交通機関は実現しないだろ。(無人偵察機は、いざとなったら、敵陣で墜落させれば良い。自国で墜落させても、被害は少ない。そもそも、アメリカは、自国以外で運用をしていて、アメリカ大陸では運用していない。)

自動運転の技術と哲学はもっと研究されて良い。しかし、実用化にはほどとおい。イランは自分で自分の首を絞めているだけだ。
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