国語ができなくて英語ができるはずが無い

小学生に英語を教えようとする輩がいる。それも小学校の正課で。おまけに週たった1時間。開いた口がふさがらない。
1.そもそも国語が出来ないものは英語ができない。周囲の人を見ればそれはすぐわかる。日本語を口から出せば、国語を話していることにはならない。正しい言葉を、正確な表現で、しっかりした論理で、確固とした根拠をもとに話しをできる人がどれだけいるだろうか。生来の日本語を話す日本人でも、国語を話す人は少ない。もっともっと訓練が必要。学校ではこれにこそ時間を割くべきだ。
2.英語は所詮は外国語なのだから、外国語として接するべきだ。LとRに違い、BとVの違いを発音できなくてもそれで良い。聞き手は文脈から容易に判断できる。重要なのは矛盾の無い論理でわかりやすい単語をつかって話す事。
3.幼時に外国生活をするとその言語の発音が良くなるのは事実。しかし、一般の学校教育でこれを目指してはいけない。100パーセントの国内の学校でこんなことができるはずがない。
4.そもそも外国語は、母国語を忘れるほどの環境でないと身につくものではない。週1時間でなにができるというのか。アメリカに生活していても、夫婦の対話が母国語であったり、自国人との付き合いの時間が長かったりすると、その人の外国語はモノにならない。見るのも、きくのも、書くのも、喋るのも、すべてその外国語でないとものにならない。
5.外国人は日本人になにを期待するのか。外国語ではない。日本を正しく理解していて、それを易しく、わかりやすく説明できることを日本人に期待しているのだ。
6.学術的専門に関しても、英語で論文を書かなくても、真に重要な論文なら、誰かが翻訳してくれる。日本語を勉強して原語(日本語)で理解しようとする。重要なことは、深い内容があるかどうか、と言う事。下手な英語の論文など書かないほうが良い。そんな時間があるのなら、専門そのものを深めることだ。
7.ゆとり教育とか、小学生の英語だか、こんな事を言い出す輩を「国を滅ぼす悪漢」といわずになんと言おう。

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