COP10 なにかおかしくないか。IPCC の二の舞だ。

生物多様性条約第十回締約国会議なるものがあり、名古屋で会議が開かれるそうな。会議をやることは、「お祭」なのだから問題ないが、生物多様性に関する基本的な考え方に問題がある。

1.「人間=神」の立場に立っていないか。人間はなんでも思ったとおりに有効なことができる、と思い上げっていないか。良かれとやったことが、悪い方向に行くこともある、ということを忘れていないか。

2.生物も含めて、環境は「動的」なものである、との認識に欠けていないか。数年前、数十年前、数百年前の環境が絶対的に正しい環境であって、その「正しい」環境を維持することが倫理的に「正しい」行為だと決め付けていないか。地球の歴史を考えてみれば、生物の盛衰ははげしい。

3.種が多ければよいのなら、カンブリア紀を見本にすればよいが、いまさらカンブリア紀に戻すことはできない。数百年前の状態がなぜ「正しい」状態だと断言できるのか。生物種はそれ全体として、動的な動きがあるのではないか。静的な均衡がを保とうとすることは、本来ある動的な動きを阻害する人為的な妨害行為ではないか。「人間=神」と仮定して、動的変化を無視して、勝手に理想状態を仮定してよいか。

4.生物の多様性を議論するなら、人間の多様性はどうなのか。日本に、非日本人を多数移住させる計画は作らないのか。中国人、アフリカ人を日本に移住させれば、日本の少子化問題は一気に解決する。

5.外来種は本当に悪者か。海中生物は国境が無いと仮定しているが、陸上生物に人間が勝手に境界線を引き、越境を認めないのは、人間中心主義ではないのか。種子は風で飛ぶ。動物にも付着して移動する。人間に付着して移動することは、本当に「悪」なのか。そもそも、現代人がアフリカで発生して世界中に広まったことは「善」で、生物が「外来種」として広まることは「悪」であるとどうしていえるのか。

6.日本の名林は植林によって育てられてきた。北山杉、木曽杉など例は多い。人間が手を入れなければ林は成り立たない。人間の価値基準で、特定の種類(杉、檜)の林を育てることは、人為的行為なのでやめるべきなのか。

考えはいくらでも続く。簡単ではないのだ。ステレオタイプで一辺倒な議論は避けよう。

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