国語を知らない中国史の学者がいる。ひどい本ばかり出版している。

平勢隆郎(勢の字が違うかな)の本は読むたびにあきれかえる。古代中国の歴史について本を書いているのだが、どの本も、どの本も、日本語になっていない。よくもまあ、こんなひどい本を出版するものだ。編集者も同罪。著者のツラの皮の厚さにはほとほと参る。

1.先人の研究成果と読者の知識の無さばかりあげつらう。自分がいかに年代矛盾を解決したかという自画自賛ばかり。子供じみている。他人をけなすことにしか生きがいを見出していないのだ。これが東大教授とは恐れ入る。

2.長文となる書籍なら、順を追って、対象を整理して、章立てにし、分かりやすく叙述するのが常識。さもないと、読者は著者が何を言いたいのか分からない。章立てをしたなら、その章では、タイトルのテーマを記述するのが当然の道。しかし、この著者は、章のタイトルなどに関係なく、思いついたことを脈絡無く並べる。日ごろのメモを片っ端から、ただただ並べただけ。歴史の記述なのに、時系列も気にしていなければ、地理にも考慮を払っていない。年表は少しは書いているが、その記述は他人をけなすことばかり。表ではなく批評だ。ようするに、記述の順番がメチャクチャなのだ。

3.この人は、細部で他人の研究のアラを探して指摘することに夢中で、全体像を自分がどのように考えているか少しも提示しない。歴史家ではないのだ。天文と年代の数値だけを追っている、重箱掘り専門家なのだ。こんな人に概説書を書かせてはいけない。出版社と編集者は反省しろ。

4.なんで、こんな人間が東大教授としてのさばっているのだ。多分、多少は暦か年代の矛盾を解いたという功績があるのだろう。しかし、この人は正当な高校教育をうけたのか疑問が残る。こんな文章を書いていたのでは、高校は卒業できないはずだ。

5.文章の裏には、このひとのメチャクチャな思考法があるのだろう。理路整然と対象を分析していき、それを他人に分かりやすく説明する。これが普通の人の姿勢だが、このひとにはそのような姿勢のかけらもない。

駄目な本はダメ。歴史シリーズの編集者は、だめな文章を書く人を執筆陣に加えてはいけない。また、同業者はしっかり批判して、高校生以下の文章しかかけない東大教授をしっかり教育しなければいけない。

*****
読んだ本。いづれもひどい本ばかり。買うと損をする。
平勢隆郎、よみがえる文字と呪術の帝国-古代殷周王朝の素顔、中公新書、2001年。
同、史記の「正統」、講談社学術文庫、2007年。
同、中国古代の予言書、講談社現代新書、2005年。
同、中国の歴史02、都市国家から中華へ、講談社、2005年。





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この記事へのコメント

かぐや姫ありさ
2010年11月17日 23:22

たしかに、平勢教授の本はいづれもひどい本ばかりで買うと損をします。

>同業者はしっかり批判して、高校生以下の文章しかかけない東大教授をしっかり教育しなければいけない。

最近、何人かの同業者が別々に平勢教授を批判したのですが、平勢教授はすぐさま反発して、「正しからざる引用と批判の「形」―小沢賢二『中国天文学史研究』等を読む」という小冊子を無償本として頒布しています。

内容は「おまえらの批判はみんな妄想だ!東大教授のオレ様が間違えたりするものか」というものでした。平勢教授…たしかにこのヒト…もう~狂ってますね。

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