名古屋場所中止と「子供の夢」の関係。幼児的発想を排す。

テレビの街頭インタビューは,そもそも,テレビ局に都合の良い場面しか放映しないから,これを議論することは,そのテレビ局を議論することになる。

ともあれ,「大相撲の名古屋場所が中止になると,大相撲を見たがっていた子供の夢をつぶすことになる」とのたまうていた通行人が放映された。この論理を分析してみよう。

相撲の興行は社会的な行事だ。愛知県が場所を提供しているのも,相撲興行の公共性を認めているからだ。その,公共的な興行をする主体に対しては,当然の事ながら,厳しい倫理が要求される。この倫理基準に満たないものだ関係したならば,興行主体の資格を失う。相撲協会は,公共的な行事を行う資格を喪失しているのだ。

近視眼的・幼時思考的には,行事が無くなれば楽しみがひとつ減ることになる。楽しみは多いほど良い。しかし,楽しみとは,違法行為をしたり違法行為を助長して得るものではない。公正の規範の下に,社会的な楽しみがある。

幼児は社会的な視野にかける。だから,相撲がなくなると悲しむ。しかし,大人が幼児に教えるべきことは,社会とは不法行為を許さないところだ,ということ。犯罪行為をしたならば,社会的興行が許されないことをしっかり教えるべきだ。この厳しさを教える絶好の機会だ。

大人が幼児をしっかり教えることは,相撲界に限られるものではない。
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