ロンドンの同時多発テロはなにを意味するか

テロ集団がロンドンでテロを実行した。一般人を無差別に殺傷する行為は、恥ずべき仕業だ。テロ実行犯の周辺のひとはなんと思っているのだろうか。被害者に、テロ実行犯の愛する人、親戚、恩人、友人、知人等が含まれてしまうかもしないのだ。世の中を騒がせさえすれば、次分が傷つこうが、兄弟が死のうが関係ないのか。悲しい人間だ。
個人のレベルで、実行犯に対しては、その人間性を悲しめばよい。しかし、社会のレベルではそれでは足りない。社会学的(広義)な分析と対策が必要である。(1)なぜ、このような人間を我々の社会は作り出したのか(社会環境)。(2)なぜ、我々の社会ではこのような行為が可能なのか(社会の脆弱性)。(3)なぜ、このような行為が続くのか(多数の予備軍と潜在的共犯者)。
六十数年前の日本も狂乱状態だった。特攻隊がいた。婦女子も米軍の辱めを避けて自死した。内地では空襲のしたを逃げ惑った。B-29への無力に憤った。当時のみながこの考えを共有した。これが当時の日本の常識だったのだ。
現代の反アメリカ勢力(イスラムと一括しない方が良い。)の常識はなにか。自分の命を賭して、自爆テロに突き進む。それだけの価値のあるものを守るために、命をすてる。なにを守るのか。「アメリカ」ということばであらわせられない価値の為に。「アメリカ」ということばとは次元のちがう幸せのために。「アメリカ」の爆弾の下で生きるのも、自爆するのも同じ。(どうせ死ぬのだ。)
生きることの喜びを分かち合える様にしなくてはいけない。これが唯一の解決策。空から降る爆弾の下では生きる見込みがない。自由のきかない生活では生きていても仕方がない。将来が見とおせない世の中では、生きていく目標がない。これらのことに解決の糸口を与えること。
具体的な提案ができず、残念だが、「生きることとはどういうことか」ということに鍵があるように考える。

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